歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

〆高家旗本吉良氏略伝

高家旗本吉良氏略伝(連載最終回)

八 吉良義央(続)/義周(1686年‐1706年) 赤穂事件がなければ、吉良家は存続したであろうが、義央はもちろん、吉良家自体も特段話題に上ることもない高家として終わっていたに違いない。赤穂事件は吉良義央を図らずも歴史上の著名人にするとともに…

高家旗本吉良氏略伝(連載第8回)

七 吉良義央(1641年‐1703年) 吉良義央〔よしひさ〕は、先代義冬の嫡男にして高家旗本吉良氏三代目、そして有名な赤穂浪士事件で討たれた当人である。彼が家督を継いだ時、高家吉良氏は祖父と父の功績により全盛期にあった。義央自身も見習いの頃か…

高家旗本吉良氏略伝(連載第7回)

六 吉良義弥(1586年‐1643年)/義冬(1607年‐1668年) 徳川家康の縁戚として近世吉良氏の祖となった吉良義定は関ヶ原の戦いの時はまだ30代であったが、自身は従軍せず、代わりに嫡男義弥〔よしみつ〕が従軍している。義弥は12歳の時、…

高家旗本吉良氏略伝(連載第6回)

五 吉良義安(1536年‐1569年)/義定(1564年‐1627年) 吉良義安は、吉良氏当主の中で久方ぶりに生没年が確証されている人物である。実際、滅亡しかけていた吉良氏は彼の代で一度再生するのである。そのきっかけは、義安が徳川家康と親交が…

高家旗本吉良氏略伝(連載第5回)

四 吉良義堯(生没年不詳)/義昭(生没年不詳) 応仁の乱を経て、16世紀の戦国期に入ると、吉良氏本流西条吉良氏の凋落は色濃くなり、義真の子義信から先、数代にわたって生没年不詳者が続く。それでも、義信とその嫡孫義堯までは京都で将軍足利義稙側近…

高家旗本吉良氏略伝(連載第4回)

三 吉良義尚(1414年‐1467年)/義真(1422年?‐1481年) 吉良義尚・義真の兄弟は、西条吉良氏の祖となった満貞の孫に当たり、父俊氏は内裏警護を任務とする武者所長官職にあったことから、息子たちも若くして優遇されたようである。西条吉…

高家旗本吉良氏略伝(連載第3回)

二 吉良満義(?‐1356年)/満貞(?‐1384年) 吉良満義は、先代貞義の子として、足利尊氏に倒幕を勧めた高齢の父に代わって尊氏の挙兵に加わり、京都六波羅探題攻略を助けた。後醍醐天皇による建武新政開始後は尊氏の弟直義の最側近として鎌倉へ下…

高家旗本吉良氏略伝(連載第2回)

一 吉良長氏(1211年‐1290年)/貞義(?‐1343年) 吉良氏は、後の室町将軍家となる足利氏3代目当主足利義氏の庶子を家祖とする分家であるが、庶長子長氏に始まる三河吉良氏と別の庶子義継に始まる奥州(武蔵)吉良氏の二大系統に分かれている…

高家旗本吉良氏略伝(連載第1回)

序 すでに二日過ぎてしまったが、周知12月14日は有名な赤穂浪士討ち入りの日である。本連載の主人公となる吉良氏は赤穂藩主浅野内匠頭長矩が高家旗本吉良上野介義央を江戸城中で斬りつけた刃傷沙汰を契機とする一連の事件の被害者側ながら、ほとんど悪役…