歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

外様小藩政治経済史

外様小藩政治経済史(連載第15回)

四 福江藩の場合 (2)経済情勢 福江藩が支配する五島列島は全般に山がちであり、農業適地とは言えず、稲作より畑作に傾斜していた反面、水産資源には恵まれており、藩の財政も水産に支えられていた。その点では、北海道の松前藩と同様、石高制による領地安…

外様小藩政治経済史(連載第14回)

四 福江藩の場合 (1)立藩経緯 福江藩は、五島列島全域を支配地とする数少ない離島藩の一つである。藩主家は、鎌倉時代頃より一貫して五島列島の有力者であった五島氏が立藩から明治維新後の廃藩まで固定されたという点で、完全に土着固定型の藩であった。…

外様小藩政治経済史(連載第13回)

三 狭山藩の場合 (4)幕末廃藩 小藩の幕末はいずれもかなり苦しいものとなったが、狭山藩も例外ではなかった。ただ、狭山藩の最後の二人の藩主がそれなりに手腕を持った英君と呼んでもよい人物であったことは、狭山藩の幕末を比較的穏やかなものにしたと言…

外様小藩政治経済史(連載第12回)

三 狭山藩の場合 (3)社会動向 狭山藩は、戦国期に小田原を拠点に関東一円を広域支配し、豊臣氏に滅ぼされていなければ天下人となっていたかもしれなかった北条氏が、恭順を誓った徳川幕府の「名門」保存政策の恩恵を受け、縁のない畿内の河内地方に小大名…

外様小藩政治経済史(連載第11回)

三 狭山藩の場合 (2)経済情勢 狭山藩の本拠が置かれた河内狭山には、日本最古の灌漑用人口池とされる狭山池が所在している。その開削時期には諸説あるが、遺構の検証からは7世紀の飛鳥時代まで遡ることは確実と見られている。 元来、狭山地域は『日本書…

外様小藩政治経済史(連載第10回)

三 狭山藩の場合 (1)立藩経緯 狭山藩は、豊臣秀吉に討たれるまで関東地方の実質的な支配者であった後北条氏(以下では、単に北条氏という)の子孫によって河内に立藩された小藩である。西国出身ながら関東地方を長く拠点としていた戦国大名北条氏が関西に…

外様小藩政治経済史(連載第9回)

二 谷田部藩の場合 (4)幕末廃藩 谷田部藩は経済財政面では恒常的な困難に直面しながらも、政治的には大きな家中騒動もなく、幕末まで世系をつないでいくが、実際のところ、5代藩主興虎は京都の公家姉小路家から婿養子に入りながら廃嫡された興誠の子であ…

外様小藩政治経済史(連載第8回)

二 谷田部藩の場合 (3)社会動向 谷田部藩は、細川氏の分家が入部して築いた経緯から、地元民にとって領主は外来者であった。その点、中世以来の在地領主で立藩にも地元農民が深く関わった苗木藩のような小藩とは根本的に異なっていた。 藩主家も「名門」…

外様小藩政治経済史(連載第7回)

二 谷田部藩の場合(2)経済情勢 小藩の領地は当然ながら狭隘なため、一様に財政的に苦境になるが、谷田部藩の場合は格別であった。前回も見たように、谷田部藩領は陣屋の置かれた常陸側の谷田部と下野側の茂木とに分かれていたところ、言わば「藩都」の谷…

外様小藩政治経済史(連載第6回)

二 谷田部藩の場合(1)立藩経緯 谷田部藩は、初代藩主細川興元が初め徳川秀忠から下野国芳賀郡茂木に1万石を安堵された後、常陸国筑波・河内両郡に6000石余りを加増され、拠点を常陸に移したことで成立した。興元は後に熊本藩主家となる肥後細川氏初…

外様小藩政治経済史(連載第5回)

一 苗木藩の場合 (4)幕末廃藩 幕末動乱は苗木藩のような最小藩にも押し寄せてきた。特に最後の藩主となった12代遠山友禄は二度にわたり若年寄を務めるなど、譜代格として歴代藩主中最も幕府で重用された。幕末動乱の中で、外様小藩主にも出世の道が拓か…

外様小藩政治経済史(連載第4回)

一 苗木藩の場合(3)社会動向 小藩を絵に描いたような苗木藩が終始財政難に苦しみながらも明治維新まで存続していった秘訣として、廃藩期を除けば、藩内社会の安定性が保たれていたことが挙げられる。封建統治の安定性の鍵は、農民が大多数を占める領民と…

外様小藩政治経済史(連載第3回)

一 苗木藩の場合(2)経済情勢 苗木藩が領した苗木は、遠山一族が代々領地としてきた恵那郡の一部にすぎない狭隘な地であった。恵那郡自体は美濃国で最大面積を擁する広大な領域であるが、江戸時代には幕府領のほか、旧領回復した同族明知遠山氏の旗本領が…

外様小藩政治経済史(連載第2回)

一 苗木藩の場合(1)立藩経緯 苗木藩は、初代藩主遠山友政が徳川家康から現在の中津川市苗木を所領として安堵されることによって成立した。遠山友政が出自した苗木遠山氏は、平安時代前期の貴族武将藤原利仁を遠祖と伝える美濃遠山氏の分家である苗木遠山…

外様小藩社会経済史(連載第1回)

序説 徳川幕藩体制は、中世以来の武家支配に基づく日本型封建制を土台としながらも、自身も封建領主の一人であった徳川氏を頂点とする幕府が全国の領主を臣従させつつ、一方的な移封や収公(改易)の権限を含む中央からの強い統制力をもって封土を政策的に配…