歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

ユダヤ人の誕生(連載第2回)

Ⅰ ユダヤ民族の原郷

(1)ユダヤ人とユダヤ民族
 「ユダヤ人」という語は、複合的な用語である。そこには、宗教としてのユダヤ教を信じ実践する者、要するに「ユダヤ教徒」という含意とともに、ユダヤ教を創出した民族としてのユダヤ人という含意が二重に込められている。通俗的な文脈では、この二重の含意が無造作に混同されている。
 前者の意味では、例えば民族的には日本人でも正式の手続きを経てユダヤ教に入信すれば「ユダヤ人」ということになる。このようなユダヤ人=ユダヤ教徒という概念規定は当然、宗教としてのユダヤ教が成立・確立された後に現れたものである。
 これに対して、民族としての血統的なユダヤ人のことは「イスラエル人」と言い換えることもできる。ただ、今日「イスラエル人」という語は「イスラエル国民」と同義で用いられることが多い。この場合は、イスラエル共和国の国籍を有する者ということで、民族的にはユダヤ系でないイスラエル国籍者も法的には「イスラエル人」である。
 そこで、本連載では宗教的集団としての「ユダヤ人」に対して、民族としてのユダヤ人のことを「ユダヤ民族」と呼称して区別することにする。本章では、まずこうした「ユダヤ民族」の原郷を探ることを主題とするが、その前提として、旧約に示されたユダヤ民族の由来を初めに概観しておくことにしたい。これは旧約を読み込んでいる人にとっては既知のことであろうが、本連載全体の前提命題として重要であるので、ここで整理しておく。
 旧約によると、ユダヤ民族の始祖アブラハム(原名アブラム)は、カルデアのウルを原郷とする有力遊牧民とされる。アブラハムは75歳のとき、神ヤハウェの啓示を受け、約束の地とされたカナン(現パレスチナ)を目指して、妻サラ(原名サライ)や甥のロト、出発地ハランで加わったその他の人々とともに移住の旅に出る。
 やがてアブラハム一行はカナンの地に到着・定住する(ロトはヨルダン川東岸へ再移住)。アブラハムは100歳のとき、サラとの間に初めてイサクという嫡子を授かる。このイサクはカナン女性リベカとの間にエサウヤコブの双子兄弟をもうけるが、弟ヤコブは兄エサウを出し抜いて長子の祝福を受ける。旧約によれば、このヤコブの子孫たる12部族がユダヤ民族の直接の始まりとされる。
 ヤコブの息子の一人ヨセフは父に溺愛されていたため、異母兄弟たちから妬まれ、陰謀により隊商に売り飛ばされ、奴隷としてエジプトへ連行される。やがて曲折を経てエジプト宰相の地位に昇ったヨセフは大飢饉に見舞われたカナンから穀物の買い付けにエジプトへやってきた兄弟たちと再会し、存命中の父ヤコブを含めて家族をエジプトに呼び寄せ、暮らさせた。
 これによってユダヤ民族はいったんカナンを離れ、エジプトに居住することになる。ここから、有名な預言者モーセに率いられた「出エジプト」の物語につながっていくが、この問題は改めて後に触れる。
 以上、重要なエピソードを一切省略して非常な駆け足で旧約のあらすじを追ったが、一層要約すれば、ユダヤ民族とはメソポタミア地方を原郷とし、一時飢饉を契機にエジプトに移動していたが、基本的には「約束の地」カナンを本貫とする移民集団であるとするのが、旧約の立場ということになる。