歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

ノルマンディー地方史話(連載第12回)

第12話 獅子心王vs尊厳王vs欠地王
 
 イングランドノルマン朝を継承する形でフランス系のプランタジネット朝が成立すると、ノルマンディー地方イングランドの海外領土のような地位に納まったわけだが、フランスは大陸にあって自国の一部のようなノルマンディーがイングランド領であることにいつまでも満足してはいられなかった。
 1180年、フランス側に一人の野心的かつ有能な王が立った。「尊厳王」の異名を持つフィリップ2世である。彼の父ルイ7世は長らく男子に恵まれず、下手をすればフランス全土がプランタジネット家に渡りかねないという危機の中、何とかノルマンディーを含むイングランドの大陸領土を奪おうと、時のイングランド王ヘンリー2世と抗争していた。
 そんな時にようやく生まれた待望の世継ぎが、フィリップであった。そのため、死の前年には14歳のフィリップを共同国王として即位させ、王位継承を確実なものとした。父の死により、フィリップは15歳にして単独国王となる。
 
 
 フィリップは他人を操縦することに長けたマニピュレーター型の人間と見え、最初はヘンリー2世の世継ぎリチャードに接近して彼を操り、父親と反目させ、ヘンリーを憤死させた。フィリップとしてはリチャードを操ってノルマンディーを割譲させようという目論見だったのだろうが、「獅子心王」の異名を持つリチャードもそれほど軟弱な人間ではなかった。
 共に第一回十字軍に参戦するほど親しかった二人だが、リチャードに相互不可侵協定を結ばされたうえ、参戦中に決裂したらしく、フィリップは戦線離脱し、さっさとフランスへ帰還してしまった。

 
 次に彼が目を付けたのが、リチャードの末弟ジョン。末子のため、当初領地がなく、父王から憐みを込めて「欠地王」と呼ばれたジョンは野心家で、兄王から王位を簒奪するチャンスを狙っていたのだ。そこで、フィリップはジョンを唆して王位簒奪を狙わせるも、失敗。しかし、リチャード不在の間にノルマンディーを占領することには成功した。
 しかし、策略に気づいたリチャードは取り急ぎ十字軍遠征から帰還しようとするも、帰還途中、彼に個人的な恨みを抱いていた十字軍仲間のオーストリア公レオポルト5世に逮捕・監禁されるという事件が起きた。
 これをチャンスと見たフィリップはレオポルトからリチャードの身柄を預かっていた神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世に要請して解放を遅らせ、その間にジョンを操ってクーデターを画策したが、リチャード側は身代金を支払って解放されたため、この計略も失敗した。

 
 帰還したリチャードはノルマンディー領土を次々と奪回していったが、その過程で築城したガイヤール城は、自身が十字軍遠征で目にした中東の要塞築造技術を取り込んだと言われ、欧州では先端的な要塞であった。
 順調に見えたリチャードだったが、1199年、作戦中にクロスボウに射られた傷がもとで死亡してしまう。死に際の遺言により、ジョンが後継者となった。フィリップにとっては、願ってもないチャンスだったが、またも目論見は外れた。念願の王になったジョンは、もはやフィリップの援護を必要としなかったからである。
 しかし、ジョンが最初の妻を離縁し、婚約者のいる女性と強引に再婚したことに憤慨した婚約者がフィリップに裁定を求めたことを奇貨として、フィリップはノルマンディーを故リチャードの甥ブルターニュ公アルテュール1世に与える決定を下した。
 一方的な決定だが、暴君ジョンがアルテュール1世を捕らえ強制失踪させたことで(いまだ真相不明だが、
謀殺したと見られる)、ノルマンディー諸侯がジョンから離反したことを追い風に、フィリップはノルマンディーを攻略、フランスのものとした。かのガイヤール城もこの時陥落し、以後、廃墟と化したのである。