歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

ユダヤ人の誕生(連載第5回)

Ⅱ 「出エジプト」の真相

 (4)「入エジプト」の経緯
 旧約で最重要のトピックと言えば、「出エジプト」である。この物語は聖書を超えて、ユダヤ民族にとってのバックボーンでもある。カナンの地を本貫としたユダヤ民族にとって「出エジプト」は当然「入エジプト」を前提とするが、旧約によればその経緯はアブラハムの孫に当たるヤコブの子・ヨセフが兄弟たちに疎まれて奴隷として売り飛ばされ、エジプトへ連行されたことに始まる。
 エジプト王宮侍従長の下僕となった機転の利くヨセフは同家の財産管理を任されるが、妻の誘惑を断った仕返しに策動で投獄されてしまう。そこで今度は監獄管理人となり、ある出来事からやがてファラオの知遇を得てエジプト宰相にまで栄進する。
 その後、飢饉でエジプトへ食料買い付けに来た兄弟たちと再会し、最終的に兄弟と父ヤコブもエジプトに呼び寄せる。こうしてヤコブ一族がエジプト入りすることになる。ヨセフの兄弟は彼を含めて12人おり、これがイスラエル12部族の祖とされる。
 こうした劇的なプロットはもちろん史実を忠実に反映したものとは思われない。かといって入/出エジプトがすべて創作であると断定することもできず、この話には何らかの史実的基礎はあると見られる。
 この点、まず出発点となる「入エジプト」については、紀元前1600年代半ばから同1500年代半ばにかけてエジプトを支配した異民族勢力ヒクソスとの関連が想定される。ヒクソスは元来、シリア・パレスチナ方面のセム語系を主軸とする混成勢力と見られているが、この勢力にユダヤ民族の母集団でもある原カナン人が含まれていた可能性は大いにある。
 従来の説では、ヒクソスを否定的に叙述するエジプト側の記録に従い、ヒクソスは外部から襲来してエジプトを侵略し、王朝(第15王朝)を形成してエジプトを異民族支配したとされる。
 しかし、近年は、こうした西アジア系勢力は早くからエジプトに移住して地盤を築いていたと考えられるようになっている。このことは、カナン地方がエジプトの入り口に当たるシナイ半島と陸続きであり、元来シナイ半島にも原カナン人の勢力範囲が一部及んでいたと見れば、何ら不自然さはない。
 要するに、原カナン人の一部はすでにヒクソス王朝成立以前から「入エジプト」し始めており、とりわけ東部デルタ地帯はかれらの拠点であった。ヒクソス王朝が首都とした都市アヴァリスでは実際、第12王朝後期の遺跡から、シリア・パレスチナに起源のある武器やその他の文物が出土している。
 またヒクソス王朝である第15王朝の王や、同王朝がエジプト人抵抗勢力によって転覆された後、エジプト系の第17ないし18王朝と一時並立したと見られるヒクソス系地方王権第16王朝の王名中に「ヤコブヘル」や「ヤクバアム」など後のユダヤ民族を思わせる名が見えるのも、ヒクソス勢力に原カナン人が含まれていたことを暗示させる。