小序
世界には、人口10万人に満たない小都市レベルの独立小国が散在している。独立国として運営できていることが信じられないほど小さなこれらの国を、ここでは「超小国」と呼ぶ。
これら超小国の多くは南太平洋やカリブ海域の島国であり、独立国としての歴史も比較的浅い。それらの諸国も皆それぞれに特色があり興味深いが、歴史的な観点から見ると、歴史の浅い超小国に関しては見るべきものがさほどない。
それに対して、欧州には相当に古い歴史を持つ超小国が現状、五つある。歴史的な成立順に挙げれば、サンマリーノ、アンドラ、モナコ、リヒテンシュタイン、ヴァチカンとなる。これらの五か国はいずれも欧州大陸内にあって、小さいながらも「大陸国家」である。
しかも、これら五か国の歴史は、キリスト教とローマ教皇を軸として展開されていった古代・中世以来の欧州全体の歴史とも密接に絡まり合っている。
キリスト教がローマ帝国にまだ迫害されていた頃、亡命キリスト教徒によって4世紀という早い時代に建国されたサン・マリーノを皮切りに、ローマ教皇と神聖ローマ皇帝との抗争の時代をくぐり、最終的にロ―マ・カトリック総本山のヴァチカンが五か国中最も遅い20世紀前半に成立する。
このような600年以上に及ぶ欧州の歴史を、独・仏・英のような大国の華々しい攻防の歴史から離れて、五つの超小国のささやかな歴史を辿りつつ通観することが、本連載の主題である。