歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

日本語史異説―悲しき言語(連載補遺)

五ノ二 倭語の特徴(続)

 前回、倭語の言語形態や語彙の特徴を見たが、ここで補足的に敬語体系についても触れておきたい。日本人自身がしばしば誤用する敬語体系の複雑さは、現代日本語にも認められる大きな特徴であるが、この特徴は上代日本語にすでに備わっていたことから、前段階の倭語から継承した特徴と見られる。

 言語地理的に見ても、二人称や状況に応じた表現法の上で実質的な敬語を持つ言語は世界に少なくないが、相手との関係性に応じ、動詞や名詞に至るまで詳細な敬語が要求される言語は多くない。知られているところでは、コリア語とバリ語ぐらいである。こうした敬語体系の発達は、支配層と被支配層の絶対的な非対称性に相応すると考えられる。

 敬語体系が日本語と比較的類似しているのはコリア語であるが、現代コリア語は倭語とは距離のある新羅語ベースと考えられるので、倭語とコリア語の敬語体系が完全に同根のものとは思われない。
 そうなると、やはり従来論じてきたとおり、敬語体系も倭語の母体となった百済語由来のものと見るのが自然であろう。仮に百済語においてすでに複雑な敬語体系があったとすれば、その理由は百済が征服国家であるがゆえに、王室をはじめとする支配層と被支配層の身分差が強調され、そこから複雑な敬語体系が生じたことにあったかもしれない。

 同時に、倭語を公用語化した倭王権自体もまた、百済王子を実質的な祖とする外来系王朝であったとするならば、支配層と被支配層の身分差が強調され、なおかつこの王権はやがて神の化身とされる超越的な君主=天皇を戴く王朝に発展したことで、宮廷を中心にいっそう敬語体系が発達を遂げたと想定される。