2012-11-01から1ヶ月間の記事一覧
第八章 「蘇我朝」の五十年 (2)昆支朝の斜陽化 文人大王・敏達 欽明=獲加多支鹵大王は40年に及ぶ長期治世の後、571年に死去した。後継者は渟中倉太珠敷皇子[ぬなくらのふとたましきのみこ]で、正史上の第30代敏達天皇である(当時、天皇号はま…
第八章 「蘇我朝」の五十年 6世紀末から7世紀前半までの畿内王権で独裁者となる蘇我氏とはどのような氏族であったのか。また、正史上「蘇我氏の専横」と呼ばれる時代、蘇我氏はあくまでも臣下として独裁したのか、それとも自ら王位簒奪者となったのか。 (…