歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

〆日本語史異説―悲しき言語

日本語史異説―史的総覧(連載最終回)

十二 悲しき言語―日本語 現存言語で、1億人を超える使用者を持ちながら、一国でしか公用語として用いられていない言語は日本語くらいしかない。*インドネシア語も類例に属するが、使用者の多くは第二言語としてのものである。その意味で、日本語は世界最大…

日本語史異説―悲しき言語(連載第22回)

十一 情報社会と通俗日本語 敗戦により帝国言語の時代が終焉すると、日本語は再び日本列島の「島言葉」の地位に戻っていったが、標準語としての日本語の骨格はすでに完成されており、戦前と戦後でラングとしての日本語に根本的な相違があるわけではない。し…

日本語史異説―悲しき言語(連載第21回)

十 帝国言語の時代 標準語という形で、さしあたり国内の方言抑圧に成功した日本語は、続いて海外に進出していく。これは、明治政府の帝国主義的膨張に伴う言語輸出として行なわれた。その嚆矢となったのは日清戦争勝利の結果、獲得した台湾であった。*琉球…

日本語史異説―悲しき言語(連載第20回)

九 標準日本語の特徴 現在では共通語として全国的に通用し、日本人にとっては空気のように当たり前になっている標準日本語だが、この言語は純然たる計画言語ではないにせよ、かなり人為的に作り出された言語として、いくつかの特徴を持っている。 まずそれは…

日本語史異説―悲しき言語(連載第19回)

八 日本語の分化と統一 ある言語が支配的言語としていったん定着すれば、日常の口語としても常用され、しかも口語体の性質として方言分化が必至である。日本語の場合は、前段階の倭語の段階からすでに方言分化は進行していたが、日本語がひとまず確立された…

日本語史異説―悲しき言語(連載第18回)

七 琉球語の位置づけ 日本語の発達を考えるうえで無視できない個別問題は、琉球語の位置づけである。琉球語は基本的な構造や語彙において、本土の日本語とかなりの共通点を持ちながらも、独自の発音体系や語彙も擁するという微妙な位置にあるため、方言なの…

日本語史異説―悲しき言語(連載第17回)

六 日本語の誕生と発達③ 漢字を当てた日本式表音文字体系の万葉仮名からより簡略な仮名文字が発明されたのがいつのことか、明確には判明していない。奈良時代の末頃には漢字を崩した草書体が散見されるというが、正規文字としての使用は平安時代に入ってのこ…

日本語史異説―悲しき言語(連載第16回)

六 日本語の誕生と発達② 前日本語としての無文字の倭語から文字体系を備えた日本語への発展を促進するうえで架橋的な役割を果たしたのは、上代日本語の表記に用いられたいわゆる万葉仮名であった。上代日本語とは誕生したばかりの日本語であり、そこにはそれ…

日本語史異説―悲しき言語(連載第15回)

六 日本語の誕生と発達① 前日本語としては最終段階、従って日本語の直接的な祖語となる倭語が確立を見るのはおおむね6世紀代のことと考えられる。この時代はいわゆる古墳時代後期に相当し、この間、畿内の百済系倭王朝は精力的な征服活動によって、その支配…

日本語史異説―悲しき言語(連載補遺)

五ノ二 倭語の特徴(続) 前回、倭語の言語形態や語彙の特徴を見たが、ここで補足的に敬語体系についても触れておきたい。日本人自身がしばしば誤用する敬語体系の複雑さは、現代日本語にも認められる大きな特徴であるが、この特徴は上代日本語にすでに備わ…

日本語史異説―悲しき言語(連載第14回)

五 倭語の特徴 主として百済語の倭方言として形成された倭語とはいかなる特徴を持っていたのだろうか。当時の文字史料は残されていないため、その答えもまた推論となるが、現代日本語の最も直接的な祖語となるだけに、現代日本語にもその特徴は継承されてお…

日本語史異説―悲しき言語(連載第13回)

四 倭語の形成⑥ 前回まで、倭語の形成過程で重要な役割を果たした流入言語として伽耶語と百済語とを見たが、実はもう一つ、高句麗語がある。前回見たとおり、百済語は高句麗語の百済方言という性格を持ったが、高句麗語そのものも日本列島に流入している。 …

日本語史異説―悲しき言語(連載第12回)

四 倭語の形成⑤ 倭語の形成に際して、伽耶語に続き少し遅れて流入してきたのが百済語である。これは5世紀頃から百済がライバル高句麗への対抗上、倭に接近し、百済‐倭の関係が緊密化したことで、百済人の渡来者が増大したためである。 その点、筆者は5世紀…

日本語史異説―悲しき言語(連載第11回)

四 倭語の形成④ 古墳時代以降の倭語形成において先行的な基盤言語となった伽耶語とはどんな言語だったのだろうか。残念ながら伽耶語は古代に絶滅言語となり、系統的な文字史料は残されていない。ただわずかに朝鮮三国の歴史を叙述する『三国史記』で、「旃檀…

日本語史異説―悲しき言語(連載第10回)

四 倭語の形成③ 倭語の形成において重要な役割を果たした基盤言語として、伽耶語と百済語があると考えられるが、このうち時代的に最初に到達したのは伽耶語であった。というのも、古墳文化を先駆的にもたらしたのは伽耶人だったからである(詳しくは、拙稿参…

日本語史異説―悲しき言語(連載第9回)

四 倭語の形成② 日本語に北方的な要素をもたらした新たな渡来勢力は、文化的には古墳文化を持ち込んだ勢力と一致する。この勢力は人類学的な形質上は弥生時代に農耕をもたらした先行渡来勢力と大差なかったと考えられるが、言語的には南方系の前者に対して、…

日本語史異説―悲しき言語(連載第8回)

四 倭語の形成① 日本語は文法構造上アルタイ諸語に近い膠着語の性質を持っていることは定説であるが、こうした北方的な言語構造は、いつどのようにもたらされたのか。この点、村山説をはじめ有力な学説は、弥生時代における言語変容の結果と見る点で一致して…

日本語史異説―悲しき言語(連載第7回)

三 弥生語への転換② 前回、大陸から弥生人がもたらした新しい言語=弥生語は従来前提されてきたような北方系ではなく、それ自体も縄文語とは別系統の南方系ではないかと仮説を立てた。そう考えると、現代日本語にも継承されている南方的要素は縄文系のものと…

日本語史異説―悲しき言語(連載第6回)

三 弥生語への転換① 弥生時代は大陸、特に朝鮮半島から農耕をもたらした渡来勢力により拓かれたというのが定説となっている。この時、言語体系も大きく転換され、コリア語とも共通する膠着語的な構造が刻印され、現代の日本語にも継承されていると説かれる。…

日本語史異説―悲しき言語(連載第5回)

二 縄文語の生成と行方③ 前出村山説によると、日本語は縄文時代にもたらされた南方系オーストロネシア語族系の言語が後続の弥生時代にもたらされた北方のアルタイ語系、中でもツングース系言語によって系統的に変容させられ(特に膠着語的文法構造)、混合言…

日本語史異説―悲しき言語(連載第4回)

二 縄文語の生成と行方② 前回末尾で触れた比較言語学者・村山七郎は、日本語の基層を集中的に掘り下げる中で、日本語の基本的な語彙の基層にオーストロネシア語族との系譜関係を見出した。ただし、村山は「縄文語」の導出には慎重であるが、少なくとも日本語…

日本語史異説―悲しき言語(連載第3回)

二 縄文語の生成と行方① 日本語史を考える場合、前回も触れたように、旧石器時代の使用言語はおくとして、縄文時代に日本列島で使用されていた言語―縄文語―がとりあえずのスタート地点となる。とはいえ、縄文語に関しても、その概要を直接に知り得るような言…

日本語史異説―悲しき言語(連載第2回)

一 日本語と前日本語 本連載では、日本語の歴史を扱うが、ここで日本語とは、日本を国号とする国が成立して以降、日本国が事実上の公用語としてきた言語を指す。その意味で、ここでの「日本語」は政治的な意味合いを帯びた用語となる。 日本の国号が定まった…

日本語史異説―悲しき言語(連載第1回)

筆者は、バイリンガルやそれ以上のマルチリンガルを尊ぶ近時の「グローバル化」風潮に反し、日本語を唯一の使用言語とするモノリンガルな人間である。それだけに、日本語の成り立ちについては、以前より関心を抱いてきた。 しかし、日本語の起源及び成立史は…