歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

ノルマンディー地方史話(連載第14回)

第14話 ノルマンディーの危機

 
 14世紀初頭、フランス王から憲章に基づく自治を勝ち取ったノルマンディーであったが、間もなく、100年以上に及ぶ長い危機の時代を迎えることになる。その始まりは、ノルマンディーの旧領有者であるイングランドとフランスの間の百年戦争であった。
 緒戦ではノルマンディーは直接の係争地ではなかったが、1347年、イングランド軍のフランス侵攻に際しては、ノルマンディーのコタンタン半島が上陸地点となり、当時の戦争慣習に従い、イングランド軍はノルマンディーで大々的な略奪を働いた。

 
 この戦乱から間もなく、1348年以降は、ペスト(黒死病)のパンデミックノルマンディー地方をも襲い、この地方の人口減と飢饉をもたらした。ペスト禍が冷めやらぬうち、ノルマンディーは、フランス王ジャン2世(善良王)とナバラ王カルロス2世(邪悪王)の係争地となる。
 この紛争は、母方からフランス王室に連なるため、フランス王位を狙っていた野心家のカルロス2世がノルマンディーに所領を有していたことから起きたもので、ノルマンディーはフランス王族の内輪もめに巻き込まれた形である。
 この紛争、いったんはカルロスが勝利し、ノルマンディー領地を拡大したかに見えたが、間もなくカルロスは捕縛・投獄された、しかし、彼は脱獄に成功し、再び戦闘になるが、最終的に1364年、フランス軍に敗れ、ノルマンディー所領を喪失したのである。

 
 その後、イングランドに好戦的なヘンリー5世が現れ、しばらく休止状態だった百年戦争が再開すると、ノルマンディーはイングランド軍に占領され、1419年以降、ルーアンに占領行政府が置かれた。旧ノルマンディー公国の首都ルーアンを占領統治の拠点としたのは、ノルマンディーの旧領を奪回したいイングランド側の意思の表れであったろう。
 この時代のルーアンでは、百年戦争におけるフランス側ヒーローの少女戦士ジャンヌ・ダルクイングランド軍に捕らえられ、異端審問にかけられたことも、大きな出来事であった。


 しかし、歴史の歯車は再び回転する。ジャンヌが戴冠に尽力したフランスのシャルル7世がブルゴーニュ派とアルマニャック派とに分裂していた国内を纏めて態勢を立て直したうえ、軍制改革を施して、イングランド軍に反攻を試みた。
 その結果、1450年、フランス軍はフォルミニーの戦いに勝利し、ルーアン奪回に成功した。百年戦争終結にはさらに三年を要したが、ノルマンディー奪回はフランスの最終勝利の弾みとなった。ノルマンディーは再びフランスに戻り、以後、変動はない。