歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

パレスティナ十字軍王国史話(連載第1回)

 

 パレスティナ十字軍王国は、第一回十字軍の活動の結果、エルサレムを占領した十字軍によって建国されたキリスト教国家である。同時期に中東レバント地域に建国された四つの十字軍国家の一つと紹介されることもあるが、その200年近い持続性と国家としての組織性、さらに周辺十字軍国家に対しても宗主の地位にあったことからして、単なる一つ以上の重みを持つ王国であった。

 もっとも、建国当初は首都エルサレムを中心に十字軍が征服した都市を点と線でつなぐだけの占領支配であったが、次第に領土拡張を進め、最盛期の最大版図は今日のイスラエルからパレスティナを含み、北はベイルート、南はシナイ半島にまでかかる領域国家に成長し、中東におけるキリスト教国家という今日では想像のつかない異色の国家を形作った。

 とはいえ、その領民の大半は先住のシリア人やギリシャ人のほか、アラブ人、ユダヤ人その他の少数民族であり、十字軍士の流れを汲む主にフランス人を中心としたヨーロッパ系の支配層は人口上少数派であった。そのため、著しい多言語・多宗派共存国家であり、単純にキリスト教国家とは割り切れない重層的な構造の国家であった。

 王国が存在した領域は今日、周知のとおり、パレスティナ紛争やレバノンの宗派対立の中心地となっており、往時の多言語・多宗派共存国家の面影はもはや存在しないが、逆に、そうであればこそ、紛争と対立がはびこる現在時において、この忘れられた王国の歴史を振り返ることは有意義と思われる。当連載はそうした回顧的な観点に立ちつつ、パレスティナ十字軍王国の多言語・多宗派共存性を特徴づけるような話題を中心に史話として展開していく。

 なお、通常の史書類では「エルサレム王国」と呼称されているが、上述のとおり、王国の最大版図はエルサレム市域を超え、周辺十字軍国家の宗主国でもあったので、当連載では通例に反し「パレスティナ十字軍国家」と称するものである。