歴史の余白

内外の埋もれた歴史を再発見するブログ

日本語史異説―悲しき言語(連載第20回)

九 標準日本語の特徴

 現在では共通語として全国的に通用し、日本人にとっては空気のように当たり前になっている標準日本語だが、この言語は純然たる計画言語ではないにせよ、かなり人為的に作り出された言語として、いくつかの特徴を持っている。

 まずそれは関東方言の中でも、江戸方言、とりわけ上層武士層が使用し、明治維新後は高級住宅地となる山の手の言葉をベースとしていることである。そのため、敬語体系が発達しており、これが現代の標準日本語にも継承されている。
 それとも関連して、明治期の山の手住民の女学生間で流行的に発生した敬語体の変種である「上品」な女性言葉が標準日本語に取り込まれ、女性特有の言葉使いとして定着したため、表現の上でのジェンダー分割が他言語でも例を見ないほど高度化した。

 さらに言文一致体であり、従来の文語体と口語体の区別が存在しない。このことは、文章語を平易なものとし、庶民層にとっても文章を綴りやすくする効果を持ったが、反面、文章語の格調を相当程度低下させることにもなった。

 一方で、明治維新後に洪水のごとく流入してきた西洋文献の翻訳の必要上、数多くの新たな和製漢語が創出されたことも特徴である。その限りでは、標準日本語には一種の計画言語性も認められる。この点で個人として多大の貢献をしたのが、まさに「哲学」という漢語の創始者でもある哲学者・翻訳家の西周[にしあまね]であった。
 その西周は新漢語の創出に苦労したせいか、漢字仮名交じり文の廃止と、洋字(ローマ字)による表記法を提唱するに至ったが、これは採用されず、中世以降確立されていた漢字仮名交じり文体は標準日本語に引き継がれた。

 当初は漢字片仮名併用主義であったが、第二次大戦後、新たな外来語の流入により外来語が増大したこともあり、原則的に漢字平仮名交じり文とし、外来語を片仮名表記する形で、三種文字併用主義に定着した。ただし、外来語の一部やデザイン的な表記にあっては、ローマ字を使用することもあり、これを加えるなら、四種文字併用主義とも言える。
 こうした表記法の複雑さに対応して、政府が国語政策として表記法に介入するようになった。国家主義が高まる昭和初期には、正式に国語審議会(現文化審議会国語分科会)が設置され、特に漢字の使用制限に重点が置かれたが、漢字廃止論は採用されていない。

 以上のような特徴を持つ標準日本語は、語彙の点で和製漢語と外来語が増大し、本来の和語の比率が低下したことにより、日本語の前身体たる倭語からの隔たりが大きくなり、別言語とは言わないまでも、近代日本語という新たな言語発展段階を画するものとなったと言える。